管理社会VSシーフードカレー

いくつもの時代にわたる管理社会とシーフードカレーの戦いを描いたオムニバス映画です。

まどろみのカナディアン・ライダー(ピザまん冒険奇譚②)

カナディアン・ライダーはカナダ人である。

カナディアン・ライダーはカナリアの国を目指している。

カナディアン・ライダーに「絶対に」マッチを擦らせてはならない。

 

途方もない荒野の上に、乱暴に敷かれた砂利道。その路傍には昔のヒッピー・コミューンのような住居群が、密生するたけのこのように並んでいた。

そこでおれはカナディアン・ライダーと出会った。

カナディアン・ライダーは怪獣のようなハーレー・ダビットソンに跨がり颯爽と現れ、脂ぎった小麦色の長髪とタワシを移植したみたいな口髭を風に揺らしていた。

彼の風貌を一言で形容するならば紛れもないボーン・トゥ・ビー・ワイルドで、そのビジュアルの、イメージの拝借元が丸分かりな安直さのおかけで、ここが夢の中であることをようやく自覚できた。

 

カナディアン・ライダーはカナダ人である。

カナディアン・ライダーはカナリアの国を目指している。

カナディアン・ライダーに「絶対に」マッチを擦らせてはならない。

 

おれはこの世界の像を少しでも多く掴むため、カナディアン・ライダーにいくつかの質問をした。

しかしおれが何を訊ねても、返ってくる答えは、オートミールのスパイシーなアレンジレシピと、ヒキガエルの後ろ足の限界可動域に関する考察のどちらかでしかなかった。

残念ながら、そのふたつの情報は今のおれには不要なものであった。

 

カナディアン・ライダーはカナダ人である。

カナディアン・ライダーはカナリアの国を目指している。

カナディアン・ライダーに「絶対に」マッチを擦らせてはならない。

 

カナディアン・ライダーは情報の対価として、おれの持つ黒いマントかマッチのいずれかを求めた。

しかしマントもマッチも今のおれには失くしてはならないものだったし、後出しで対価を求めるのはフェアではないと思ったので、彼の要求に応じることはできなかった。そもそも差し出された情報がおれにとって無価値であった以上、事後承諾的な等価交換には同意もクソもなかった。

とはいえ、誰かにとっての公平が他の誰かにとっての不公平になってしまうことはどの世界にも往々にして起こる。おれが何も差し出さなかったことに対し不満を感じたらしいカナディアン・ライダーは、ならば私と勝負せよと挑発を仕掛けてきた。

勝負?

彼が持ち掛けてきた勝負とは、ようは速さくらべであった。彼の自慢のハーレーとおれの操る乗り物でレースを行い、敗れたほうが相手の主張を全面的に受け入れる、ということにしたいらしい。

なるほど、まだいまいち釈然としない部分は残るが、公平性の担保という視座から見れば、一応の落とし所とは言えるかもしれない。

しかしおれには乗り物がない。やはりカナディアン・ライダーの提案は公平ではなかった。

 

カナディアン・ライダーはカナダ人である。

カナディアン・ライダーはカナリアの国を目指している。

カナディアン・ライダーに「絶対に」マッチを擦らせてはならない。

 

この勝負は呑めない。しかしこれ以上頑なになっていると彼を逆上させかねない。どうすればいいのだろう。

だんだんと高慢になってきているカナディアン・ライダーを前にして途方に暮れていたそのとき、何の前触れもなく、ヒッピー小屋の中から静かに一頭の白馬が姿を現した。

おれはその白馬に名を訊いた。『西遊記夏目雅子が跨がっていた馬』だ、とその白馬は答えた。それを言うなら確か『玉竜』が本当の名ではないのか、とおれは訊き返したが、白馬は『西遊記夏目雅子が跨がっていた馬』こそが本当の名であると突っぱねた。ならばこれ以上言うまい。それにしても、本当の名とはいつどこで誰が決定するものなのだろうか。

相手はハーレーという資本と自由の象徴だ。おあつらえ向きの比較対象が目の前にあるように、まさしく数十馬力のパワーがある。しかしおれには、自分でもよくわからないが『西遊記夏目雅子が跨がっていた馬』であれば勝てるという予感があった。夢の予感は必然である。

ハーレー・ダビットソンと『西遊記夏目雅子が跨がっていた馬』の邂逅。

風を貫き、世界の黙殺の一端に針の穴を空ける。

 

勝敗は歴然だった。それでもおれは、結局カナディアン・ライダーがどこの何者で、これからどこへ向かおうとしていたのかは最後までわからずじまいだった。