晩夏とハイライト
彼のシャツの胸ポケットからは、いつもハイライトが頭をのぞかせていた
でも彼がハイライトを吸うのは、火をつける最初の一口だけ
あとはずっと、指で挟んでいるか、灰皿のくぼみにそっと寝かせている
ねえ、どうしていつも火をつけるだけで吸わないわけ?
とうとう訊いてしまった、九月のはじまりの、午後二時半の喫茶店
ハイライトが燃えるとね、こういうふうに、先端から糸が昇るんだ
糸?
そう、糸が昇っているあいだは、空と繋がっていられる
ここには天井があるでしょう
天井なんか無いよ。君が頭の中で天井を生んでいるんだ、せっせとね
彼は一息の空白をおいて、何か言葉を付け加えたけれど、あっという間に夏の声に連れ去られてしまいました
箱が空の色してるから、ハイライトを選んだっていうの?
すると彼は、生まれてはじめて猫を見る赤ん坊の顔をした
あるいは、生まれてはじめて赤ん坊を見る猫の顔をした
なるほど、思いつきもしなかった。やっぱり君はセンスがあるよ。ぜひ詩人にでもなるべきだ。でも、緑色のハイライトだってある。
彼はそう言うと、はじめて、神様の気まぐれでハイライトを口に運ぼうとした
ぽとりとやわらかく、青いジーンズに灰が落ちる
彼が手の甲でそっと払うと、そこには淡いかみなり雲
そろそろ帰らなくちゃ、と私は思った