オラにTポイントを分けてくれ!
「レジ袋はご利用ですか?」
「大丈夫です」
なにが「大丈夫」なのだ。
レジ袋有料化以来、このような往復を幾度となく繰り返している。嫌というほど自覚しているのにも関わらず、店員さんの前でこのような「優良健康男児宣言」をしているのには、いちおう理由のようなものがある。
「いらないです」「いりません」
とは言いにくいのだ。
「お前はレジ袋を有料で買うのか」という問いに対するアンサーとしては最適解ではあるはずなのだが、どうも、このような拒否の言葉を発するのには抵抗を覚える体質なのだ。おれは。しかも「大丈夫です」の出力が自動化されてしまっているものだから、
「Tカードをお持ちでしたらご提示お願いします」
という確認にも
「大丈夫です」
と回答する始末。本当は持っているのに。Tカード。TSUTAYAでDVD借りるから貯めたいのに。Tポイント。
きっとこのような出力は、「利用規約」の四文字を目にしたら思考停止で最下段へスクロールし、「同意」のチェックボックスをタップするときと同じ回路でなされているはずなので、仮に店員さんが
「お前はこのトップバリュのカマンベールチーズを購入することにより、我々が秘密裏に開発を進めている生物兵器への人体実験に協力すると意思表示したことになる。よろしいか」
と訊いても
「大丈夫です」
なんて言って、財布の小銭をまさぐるのだろう。
そうして店員さんがレジカウンターのどこかに隠されたスイッチを押すと、おれの足元の床が抜けた。
あれから幾日が経ったことだろう。おれは未だに「まいばすけっと」の地下迷宮を彷徨いながら、研究員たちの手から逃れようとしている。しかし一方で、このまま彼奴らの兵器開発を許してしまえば、人類史上類を見ない災禍を地上にもたらすことになる。
とはいえ、今のおれに一体なにができよう?
逃走することもままならず、かといって例の開発を阻止するための破壊工作を図る術もない。最早、この運命を引き受けることしか、おれにとっての「選択」は残されていないのか。
そうして途方に暮れていると、後方から、ひた、ひた、という湿っぽい足音が聞こえてきた。
南無三、研究員たちを振り切れなかったか。いや、この足音は普通の人間のものではない。もう完成してしまったのか。まさか。
おれは、考えるよりも前に、走り出した。何日もかけた末に脱出できなかったのだから、今更駆けたところで捕まってしまうのは時間の問題だ。しかし、それでも逃げなければならないと、おれの本能がおれを動かしていた。逃げろ。
が、二つ目の角を曲がったところでつまずく。ここで何もかも終わりか。思えば、今まで何一つ困難や理不尽に立ち向かったことのない人生だった。要するにおれは最後まで根気強く物事に取り組めない人間なのだ。
ふとおれは、目の前に落ちている、扁平で手のひらに収まりそうな大きさの物体に気が付く。転んだ際に懐から飛び出たものなのだろうか。しかしこの扁平な物体は、青白く発光している。こんなものを持っていた覚えはない。
それでもおれは、あらん限りの力を振り絞って、扁平な発光体を手に取る。
それは、Tカードであった。
そういえばTポイントが(たぶん)300円ぶんくらい溜まっていたのだった。
そうしておれはTSUTAYAに立ち寄って「生きものの記録」と「暴力脱獄」と「気狂いピエロ」を借りて家に帰った。