濡れる女神の空拳(ピザまん冒険奇譚③)
「あなたが落としたのは、今あなたがいるポストに少し前まで座っていた人間ですか? それとも、変性意識?」
泉の女神の手には、何も握られていなかった。おれが落としたのは、ハッピーセットでついてきた潜水艦のおもちゃだった。でもそいつを落としたのは、おれが5歳のときで、それも家の風呂場の排水溝にだ。
仕方がないので女神を映画に誘ってみたけれど、泉からは一歩も外に出ることができないらしい。
でも本当は、知っている。
誘った映画が、岩波ホールで上映しているものすごく地味なドキュメンタリーだったから、全然気が進まなかったんだ。
だってその証拠に、この間、この女がディオニュソス神と一緒に『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を観に行っていたのをおれは又聞きしたのだから。
胸を痛めながらさ。