視線にまつわる些事(EIICHI OHTAKIはこのようにして聴かれた)
渋谷は、23時。
道玄坂の猥雑なバーで腐りながらビールを胃に流し込んだその帰り道、駅前のTSUTAYAに寄ってぶらぶら歩いた。
おれは2階のCDフロアで、大滝詠一のコーナーを目指していた。特に意味はない。頭が雲っていたのだから。
回っても回っても、邦楽の「あ行」の棚が見つからない。きっとおれは、大滝詠一を探してなんかいなかった。大滝詠一を探さずに、大滝詠一を求めて、TSUTAYAのCDの群れを視界の中でひたすら動かしていた。
そうしているうちに、いつの間にかおれはCDたちの国土から抜け出して、同じ階に併設されているスタバの飲食エリアへ足を踏み入れようとしていた。
その奥。窓際。テーブル。こちらに正面を向けて座っている、長い黒髪の女。
おれが女を認識した瞬間には既に、女の視線はこちらの両の目をとらえきっていた。
おれは石になった。
女はテーブルに肘を立て、顎のあたりで指を組んでいた。かなり若い。20歳前後に見える。
仮に、この間、おれが呼吸をしていたならば、きっと空気が肺と口とを観光気分で往復し終えていただろう。それくらいの長い一瞬、おれは女に釘付けにされていた。女の目は、大きく黒く開かれ、現在のおれを挑発し、過去のおれを断罪していた。
おれは金縛りの鎖を破るように、力ずくで視線と身体を外した。そして慌てて身を翻し、ちょうど近くで派手に陳列されていた矢沢永吉とRADWIMPSの新アルバムを眺めようと努めた。少し前に池袋で『天気の子』を一緒に観に行った女の子のことを思い出した。香水の匂いがおれにはきつくて、常に半歩分の距離を開けていた。歩くのが速いです、と言われた。彼女も20才くらいだった。
矢沢永吉の新アルバムを無感情に手に取り、一応の義理っぽく収録曲を頭から順に目を通す。そうしておれはふたたびあの女へ視線を戻そうとする。あの黒が忘れられなかった。
女はいなかった。編集ソフトで加工された写真のように、顔のない混雑の中、窓際の一席にだけ誰も近寄らない空白が残されていた。
◆◆◆
ところで、猫はカメラのレンズをレンズと認知しない。大滝詠一なら少しは視線を向けてくれるのだろうが。
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